『ラストトーキョー“はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町』(NHK)【レビュー】

分かったこと

・現在、新宿・歌舞伎町は「世界のエンターテインメントシティ」を目指し再開発が進行

・一方で従来より歌舞伎町に土着してきた人々の行き場がなくなってきている

感じたこと

・社会の中で行き場のない人々の受け皿となる場所は必要ではないのだろうか

・ディレクターが抱いた「恵まれた世代」特有のコンプレックスに共感

東京五輪を契機に国家戦略特区に指定された、新宿・歌舞伎町では現在、再開発が進んでいる。「低所得層の居住地域を、再開発や文化的活動などによって活性化することで、中・高所得層や富裕層が流入するよう」になることを「ジェントリフィケーション」と呼ぶそうだが、一方でそれまでの住民たちは行き場をなくしてしまい、それが社会問題となってしまう。長年の歌舞伎町の住人達は、自分たちの街をこう紹介する「行き場のなくなった人がくる街」、「デタラメだからいい」、キレイではないが澄んだ言葉だと思った。ふと考えた、「その場所」でしか生きられない人たちから、「その場所」を奪ってしまうことは、どの場所でも生きられない人たちを生み出してしまうのではないのだろうかと。誰もがモラリストのようには生きられない。そして、そのような社会が正しいとも思わない。様々な価値観を包摂できる社会が豊かではないだろうか。

物語の後半では30代のディレクターの内面にスポットがあてられる。いわいる飽食の時代に生まれ、何不自由なく育った自分たちの世代は、上の世代と比較した時、欠落している「何か」があるのではないのかと。やがてその「何か」は、歌舞伎町の人たちを通じて輪郭を顕わにされていったように感じた。おそらくそれは、「自分の人生を、自分の意志で懸命に生きる姿勢」ではないだろうか。そしてそのような生き方をする人たちが無数に行き交う歌舞伎町だから、美しく見えるのではないのだろうか。

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