『DAU.ナターシャ』(映画)【レビュー】

作品概要

オーディション人数39.2万人、衣装4万着、欧州最大1万2千平米のセット、
主要キャスト400人、エキストラ1万人、制作年数15年……
「ソ連全体主義」の社会を完全再現した狂気のプロジェクト !
第70回ベルリン映画祭において、あまりにも衝撃的なバイオレンスとエロティックな描写が物議を醸し賛否の嵐が吹き荒れたが、映画史上初の試みともいえる異次元レベルの構想と高い芸術性が評価され銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した『DAU. ナターシャ』。

ロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーは処女作『4』が各国の映画祭で絶賛を浴びると、ソ連時代に生きた物理学者レフ・ランダウの伝記映画に着手したが、それは次第にいまや忘れられつつある「ソヴィエト連邦」の記憶を呼び起こすために、「ソ連全体主義」の社会を完全に再現するという前代未聞かつ壮大なスケールのプロジェクトに発展していき、「史上最も狂った映画撮影」と称された。

実に、オーディション人数延べ39万2千人。衣装4万着。欧州史上最大の1万2千平米のセット。主要キャスト400人、エキストラ1万人。撮影期間40ヶ月。35mmフィルム撮影のフッテージ700時間。莫大な費用と15年もの歳月をかけて本作を完成させた。

タイトルの「DAU」とは1962年にノーベル物理学賞を受賞したロシアの物理学者のレフ・ランダウからとられている。彼はアインシュタインやシュレーディンガーと並び称されるほどの優秀な学者であると同時に、スターリンが最高指導者を務めた全体主義時代において、自由恋愛を信奉し、スターリニズムを批判した罪で逮捕された経歴も持つ。

本作『DAU. ナターシャ』はその膨大なフッテージから創出された映画化第一弾であり、ランダウが勤めていた物理工学研究所に併設されたカフェのウェイトレス、ナターシャが主人公となる。本作でスカウトされた新人ナターリヤ・ベレジナヤが演じるナターシャの目を通し、観客は独裁の圧制のもとで逞しく生きる人々と、美しくも猥雑なソ連の秘密研究都市を体感していくことになる。

撮影は徹底的にこだわって行われ、キャストたちは当時のように再建された研究所で約2年間にわたり実際に生活し、カメラは至るところで彼らを撮影した。本作には本物のノーベル賞受賞者、元ネオナチリーダーや元KGB職員なども参加。町の中ではソ連時代のルーブルが通貨として使用され、出演者もスタッフも服装も当時のものを再現した衣装で生活。毎日当時の日付の新聞が届けられるという徹底ぶりで、出演者たちは演じる役柄になりきってしまい、実際に愛し合い、憎しみ合ったという。

このプロジェクトは2019年1月にパリ、ポンピドゥー・センターで展覧会という形でお披露目され、様々な形でアート作品として人々に提示され、大反響を呼んだ。さらに、すでに劇場映画第二弾『DAU. Degeneration(原題)』も本作と同じベルリン映画祭でお披露目されており、これからどれだけ「DAU」の世界が広がっていくのか、それは誰にも分からない。 『DAU. ナターシャ』は巨大な迷宮の入り口であると同時に、当時の政権や権力がいかに人々を抑圧し、統制したのか――その実態と構造を詳らかにし、その圧倒的な力に翻弄される人間の姿を生々しく捉えていく。この壮大な実験の果てに待ち受けるのは――?

公式HPより

感じたこと

・ソ連当時の人々を、「自然」に演技できる環境を作りこんだ異常な映画

・目を背けたくなる場面もあるけれども、目を背けることは「歴史の忘却」を意味する

観ている時は退屈な気持ちと不快感ばかり感じましたが、鑑賞後には、色々と思うことがあり、結果的に貴重な映画体験ができて良かったと思っています。

個人的に、大学から大学院にかけソ連に大きな影響を与えた「マルクス経済学」を少しかじってきたのですが、マルクスの唯物史観によれば、社会の土台となる下部構造(生産関係・生産力)により、上部構造(法律、政治、学問、宗教などの精神的生産物、イデオロギー)が規程されるため、資本主義社会を打倒し、共産制が実現されたあかつきには、国家や階級は廃絶され万人が自由・平等な社会がもたらされる、と理論上はなっています。

しかし、共産制の一歩手前の段階といわれている、社会主義体制であったソ連の実情はといえば、劇中でも描かれている通り、個人の「自由」は容赦なく剥奪され、「平等」は均一的な思考の強制に置き換わっていたようです。

今、「劇中でも描かれている通り」との言葉を使いましたが、私がこの映画を見終わって、改めて恐ろしい思ったことは、まさにその部分で、たとえ現代人であったとしも、当時のソ連を忠実に再現した生活様式の中に約2年間ほど身を置いてしまうと、当時のソ連の人々を忠実に再現した演技が、「自然と」できるようになってしまうんだな・・・と、恐怖を感じました。

パンフレットの中で、イリヤ・フルジャノフスキー監督が、「ソヴィエトが残した病は記憶喪失です。誰もが覚えておきたいことだけを覚えています。この記憶喪失を克服しない限り、それは何度も何度も繰り返されます」と語っていますが、私自身、そのような「不幸な過去の歴史」は知識では知っていますが、自身の体感としては、なかったものとしてこれまで生きてきました。

しかし、そのような過去への記憶喪失こそが、「凡庸な悪」を招く、思考停止状態なのではないかと、この映画をみて、改めて考えさせられました。

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